有効期間の定め(を意図的に定めないケース)に関する雑感

問題意識

企業間の契約書や覚書において、有効期間の定めを意図的に設けないケースがある。

通常の業務に関する契約書の場合には、継続的契約であれば、更新条項を定め、一回的な契約であれば有効期間を定めないことも多い。
一回的な契約の場合には、有効期間を定めなくとも特段の問題は生ず、有効期間を定める必要性も高くない(阿部・井窪・片山法律事務所『契約書作成の実務と書式 第2版』531頁)。

一方、覚書はそこで規定される内容が多種多様であり、有効期間をあえて定めない方がいいように思われるケースがある(あるいは、適切な有効期間が設定しにくく、また、有効期間の定めを置くことが藪蛇になるケースがある。)。

覚書にて有効期間を定めなかった場合に、契約書の合理的意思解釈の方向性としては、次のパターンがあり得る。

・有効期間を定めなかった以上、当該覚書は当事者が一方的に解約申入れをすることができ、然るべきタイミングで当該覚書の効力は終了する。

・覚書で定める内容に鑑み、当事者の一方的な解約申入れは許されず、そこで定める内容が役割を果たすまで、当該覚書の効力は継続する。

参考となる文献等

この点について、契約(実務)に関する次のような記載が参考となる。

森本大介ほか編著『秘密保持契約の実務(第2版)』61頁

「有効期間の定めがない場合には、秘密保持契約は、期間の定めのない契約として、当事者の一方があらかじめ合理的な期間をおいて解約の申入れを行うことにより、将来に向かって一方的に終了させることができるものと解されるおそれがあることに留意すべきである。」

河村寛治『債権法改正対応版 契約実務と法ーリスク分析を通してー』116頁

「継続的契約で期間の定めがない場合には、法律上、一方的な意思表示によって契約を終了させる権利が当事者に与えられており…、一定の催告期間が設けられているものの、契約の継続を希望している当事者にとっては予期せぬ解約申入れにより契約が突如終了してしまうという事態が生じるそれがある。」

淵辺善彦ほか編著『業務委託契約書作成のポイント』120頁

「継続的な契約では、契約の効力の発生時期およびその終了時期が定められることが一般的である(これを定めないこととした場合には、解除によって契約が終了されない限り、継続的に効力を有することになりかねない)。」

中田裕康『契約法』183頁

「解約申入れは、期間の定めのない契約の本来の終了原因である。期間の定めのない契約は、一方の当事者の意思表示により将来に向かって終了する。契約によって当事者が永久に拘束されることは、当事者の合理的意思に反するし、個人の自由に対する過度の制約という観点からも適切でないからである。ただ、突然の解約申入れは、相手方に損害を及ぼすこともあるので、相当期間の予告を要する、あるいは、解約申入れから相当期間を経過した後に契約が終了するとされる(617条・627条参照)。」

中田183頁の記載については、企業間で締結される契約や覚書にはストレートには妥当せず、有効期間の定めがなければ一方当事者が自由に解約申入れすることができるとただちに解釈されるわけではないように思われる。

というのも、その理由付けにおいては、個人の自由の保護への配慮が強いように思われるが、この点は企業間の契約等にただちに妥当しないからである。

このような配慮により、企業間の期間の定めのない継続的契約に関して、裁判例上、解約申入れへの限定が試みられていると捉えることができる。この試みを明文化しようとしたのが、次の民法改正に関する中間試案である。

民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」393頁

「2 期間の定めのない契約の終了

(1) 期間の定めのない契約の当事者の一方は,相手方に対し,いつでも解約の申入れをすることができるものとする。

(2) 上記(1)の解約の申入れがされたときは,当該契約は,解約の申入れの日から相当な期間を経過することによって終了するものとする。この場合において,解約の申入れに相当な予告期間が付されていたときは,当該契約は,その予告期間を経過することによって終了するものとする。

(3) 上記(1)及び(2)にかかわらず,当事者の一方が解約の申入れをした場合において,当該契約の趣旨,契約の締結から解約の申入れまでの期間の長短,予告期間の有無その他の事情に照らし,当該契約を存続させることにつき正当な事由があると認められるときは,当該契約は,その解約の申入れによっては終了しないものとする。」

※改正民法は上記につき明文化を見送っている。

考え方の方向性

企業間の覚書に関して、有効期間の定めを設けなかった場合に、当事者が一方的に解約申入れをすることができると解釈されるリスクについては、中間試案を参考に「当該契約の趣旨,契約の締結から解約の申入れまでの期間の長短,予告期間の有無その他の事情に照らし,当該契約を存続させることにつき正当な事由がある」といえるかどうかに照らして検討することになろう。

すなわち、当該覚書が目指した権利義務関係の調整内容や、その義務の重さ、有効期間を適切に設定できるか等に鑑み、当事者に一方的な解約申入れを許すことが覚書の合理的意思解釈として妥当かどうかという点に着目することになる。

企業間の契約・覚書だとしても、半永久的に効力を持ち続けると規定することの有効性には疑義があるが、有効期間の定めを置かない趣旨が、当事者に一方的な解約申入れを許すことにあるわけではない点を明示するために、次のような条項を置くことも検討される。

第●条(本覚書の終了)

A 本覚書は、甲及び乙が本覚書の終了に合意した場合にのみ終了する。

B 本覚書は、当事者の一方的な解約申入れによっては終了しない。

いずれの定め方をしたとしても、上記の定めは結局、覚書の効力を半永久的に存続させるという内容であるため、実際に司法手続にて争われた場合には、覚書の有効期間は、その内容に鑑みて合理的な期間に限定されるものと思われ、有効性には疑義がある点に留意する必要がある。

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