1 本裁判例の意義
株主間契約の法的拘束力を検討するにあたっての考慮要素と具体的な検討過程を示している点で参考になる。
2 本裁判例を参照する際の留意点
本裁判例での当事者間の争いは、特定の自然人(A、B、C)が自ら又はその代理人を取締役として互選することを合意したことに端を発している。
そのため、株主間契約という言葉が用いられた場合に連想されるような合弁等の資本提携やスタートアップ等への投資の案件においては、本裁判例の結論等がそのまま妥当するわけではないことに注意を要する。
すなわち、本裁判例は、
・株主間でされた取締役選任の合意について、直近の株主総会より後の株主総会において議決権行使の履行強制をすることができるほどの法的効力を付与する意思があったとはいえないとした事例
・株主間でされた取締役選任の合意について、何らかの法的効力を付与する意思があったとしても、その契約当事者の意思は、特定人たる取締役候補者又は自然人たる契約当事者に相続が発生した場合においては、合意の法的効力が消滅するというものであったとした事例
として紹介されているが、株主間契約一般において、取締役選任の合意について履行強制ができないとした判例ではなく、投資実務において参照する場合には、結論そのものよりも、裁判例の判断過程に留意すべきである。
3 スタートアップ投資への示唆
本裁判例の事実関係は、特定の自然人による取締役選任合意が、合意当事者の相続人間において問題になったというものであるが、本noteでは詳細には立ち入らない。
ここでは、本裁判例の株主間契約の法的拘束力についての検討過程において、スタートアップ投資において留意しておくべき事項(VC等の投資家サイドにおける留意点)に触れる。
本裁判例は、議決権拘束に係る合意を念頭に置き、株主間契約での合意内容に当事者が違反した場合に、当該違反についていかなる請求をすることができるのかという問題は、事実認定の問題であるとし、その認定においては、以下の事項が要素になることを示している。
・契約当事者の属性
・契約内容
・契約締結の動機目的
・契約当事者の有する株式の種類や議決権の総株主に占める割合
・契約の締結時期
そして、以下のような状況下では、法的拘束力が認められやすくなることを示している。
・株主間契約をめぐる法的状況の十分な知識とこれに基づく会社経営の企画力がある株式会社間で締結されていること
・契約当事者の保有する株式の合計が発行済株式総数の全部又は大半を占めていること
・内容が具体的で違反の有無が判断しやすく、方針や意図が明確であること
裁判例を踏まえると、スタートアップ投資における株主間契約での合意について、投資家として、法的拘束力があると主張していくためには、
① 投資先のベンチャー企業が株主間契約等の投資契約について知見を有していたといえるように、経営株主、担当者及び当該企業の顧問弁護士が投資契約一般について十分な知見を有しているかを確認する(契約書のドラフトへのコメントや修正内容、発行会社からの質問事項等によって推認する)
② 株主間契約の当事者が保有することになる株式の合計と発行済株式総数の比率を確認し、前者が後者に近づくよう、既存株主が契約当事者になるように求める。
③ 投資者としても、投資契約について十分な知見を有する弁護士に契約のドラフトを依頼し、一義的で疑義のない契約書を作成する
といったことが必要になる。
①から③については、言わずもがなの事項であり、スタートアップ投資の現場でも遂行されている事項であると思われるが、①には念の為、留意が必要であると思われる。
すなわち、ベンチャー企業にとって、シリーズAといわれるようなラウンドは、当該企業にとって初めての大がかかりな資金調達であり、また、当該企業が必ずしも、投資契約に精通しているとも限らない。
そのため、投資先企業やその担当者が投資契約に関して十分な知見を有していないことを利用して、投資者が自らに過度に有利な契約を作成することも可能であると思われる。
しかしながら、投資先企業の投資契約に対する知見が不十分であることは、投資契約の合意の拘束力を弱める方向に作用するため、結果的に投資者が不利益を被る(投資先企業や経営株主が契約に違反した場合に、契約の法的拘束力が否定される)ことになりかねない。
そのため、投資者としては、投資先企業が投資実務について十分な知見を有していない場合や投資契約の案件に対応することができる顧問弁護士等を有していない場合には、投資先企業としても適切な専門家に依頼をすべきであることを助言していくことが理想であると思われる。
これは一見すると、投資者にとって不利益な行為にも見えるが、ファイナンス分野に長けた専門家と連携することを投資先企業に促すことは、投資先企業の資金調達能力が高め、投資先企業の成長を加速し、投資者がエグジットする機会を増やすことに繋がることになるものと思われる。
なお、ベンチャー企業が投資契約を適切に設計して締結すべきであることは、経産省の「我が国におけるベンチャー・エコシステム形成に向けた基盤構築事業」の成果である平成30年3月「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」でも語られており、本裁判例における株主間契約の法的拘束力に対する考え方は、健全なベンチャー投資という観点からみても妥当なものであることが伺える。