本件の主たる争点と契約条項
本件の主たる争点はバンドメンバー(抗告人)がバンドのグループ名の使用権を有するか否かであり、その点に関連して解釈が問題となった音楽事務所(被抗告人)との間のマネージメント専属契約の条項は以下のとおり。
第5条 被抗告人は、本契約期間中、広告・宣伝及び販売促進のため、抗告人らの芸名、本名、写真、肖像、筆跡、経歴、音声等、その他の人格的権利を、被抗告人の判断により自由に無償で利用開発することができる。
第6条 本契約期間中に制作された原盤及び原版等に係る抗告人らの著作権上の一切の権利(複製権、譲渡権、頒布権、上演権、上映権、送信可能化権、著作隣接権、二次使用料請求権、貸与報酬請求権、私的録音録画補償金請求権を含む著作権上の一切の権利、所有権を含む。)ならびに、抗告人らに関する商標権、知的財産権、及び商品化権を含む一切の権利はすべて被抗告人に帰属する。
裁判所の判断
原審(東京地決令和元年10月9日判時2486号47頁)は、第6条の「に関する商標権、知的財産権、及び商品化権を含む一切の権利はすべて被抗告人(音楽事務所)に帰属する。 」との文言を重視して、バンドのグループ名の使用権が第6条の対象となっており、バンドメンバーがグループ名の使用権に基づく主張をすることを認めなかった。
なお、原審は、第6条の対象にバンドのグループ名の使用権が含まれることを前提に、本条の有効性(公序良俗言違反として無効となるか否か)について検討の上、結論として、本条を有効であると判断した。
一方、高裁は、バンドのグループ名が顧客誘引力を有しており、グループ名がバンドメンバー各自をも想起させ識別させるものであることに着目して、「本件グループ名には人格的権利に由来するパブリシティ権が認められ、本件グループの構成員である抗告人らは、本件グループ名の使用権を有するというべき」と判示した。
その上で、第6条には「芸名や本件グループ名等についての記載はな」いことから、「人格的権利について定めたものとは解されない。」とし、グループ名の使用権がバンドメンバーに帰属することを認めた。
契約実務への示唆
知的財産権の帰属について定める条項において、「を含む一切の権利はすべて●に帰属する。」という文言はよく見かけるが、人格的権利については、格別の配慮が必要となる。
人格権を別建てで定めるという点については、例えば、著作者人格的権利について、独立した項を設けて「著作者人格権を行使しない」と規定することが一般的であり(例えば、渕邊善彦ほか編著『業務委託契約書作成のポイント』(2018、中央経済社)103頁以下参照)、この規定が参考となる。
高裁は、グループ名が顧客誘引力を有するに至るまでに音楽事務所側の経済的負担や営業努力があったとしても、「営業上の努力等の保護は、本件契約書の第6条のような条項を設けるなどの方法によって図るべきものであり、その保護の必要性を理由として本件グループ名の永続的利用権を被抗告人に認めるのは相当でない」(マーカー筆者)と判示しており、この判示はパブリシティ権の権利不行使条項を定める際の留意点を示唆しているように思われる。
すなわち、本裁判例を踏まえて「バンドメンバーは、…パブリシティ権その他一切の人格的権利に由来する権利を行使しない。本条項の効力は、本契約が終了した後も存続する。」といった条項をマネージメント専属契約に規定したとしても、かかる条項は公序良俗に反して無効となり、あるいは、有効期間を合理的な期間(この期間を検討する際に、音楽事務所側の営業努力や経済的負担が斟酌されることとなろう。)に限定して解釈されることになると思われる。